偏差値38の長距離未経験者が中央大学主将として箱根駅伝を走る物語

エリートのみが集まる世界に、凡人が飛び込む

#28「奈落」

6月30日、全日本大学駅伝への出場をかけた、予選会が行われた。

気温33度、非常に蒸し熱い気候であった。立っているだけでも汗をかく。

私は1組目の選手として走る。1組目はチームの流れを作る役割である。今期の成績、勢いで役割を与えられ、それにこたえるだけの自信もある。主将としての責任を果たそうと意気込んでいた。

関東インカレが不本意な結果で終わっており、同じ失敗はしないようにとできる限りの準備を行う。試合前のアップも良い感覚で済ませる。少しばかりの緊張もある。

 

万全の準備が出来たと思っていた。この時は

 

 日が沈むにはまだ時間がある、競技場は西日と観客の熱気に包まれる。応援席に座る仲間の声援に応え、サングラスをかける。

静まり返る競技場。風の音だけが聞こえる。

銃声の音が鳴り、勢いよく飛び出した。

目線の先には30人近くの人の群れが迫ってくる。数十人の合間を縫って、先頭付近まで来た。そのまま流れに身を任せレースを進める。

集団が牽制し合いゆったりとしたペースで進む。いつレースが動くのか、周りを警戒しながら走る。

集団のままレースは進み、5000mを過ぎようとしていた。ここで少し体が重くなり異変を感じる、キツくなるのが早い。集団の先頭で走っていたが、いつのまにか集団の後ろにいた。

全身に力が入らない。周りの声も聞こえなくなり、視界が薄暗くなっていく。目の前に見える、人の背中だけを追う。

意識が朦朧とする中、遅れていることだけはわかっていた。

“このままじゃ終われない”

ラスト1000m、自分に鞭を打つが、完全に視界が暗くなる。気付いた時にはどこか分からない部屋の天井を見ていた。

何が起きたのか分からない。なぜベッドで横たわっているのか。こんなにもたくさんの大人が慌てているのか。わけも分からず、車に乗せられる。

しばらくして窓から競技場が見える。その瞬間、断片的に記憶がよみがえる。

“あの競技場を走っていたはず。

今日は大事な予選会だったはず。

1組目を走ったけど最後の方はキツくなって...。”

トラックで倒れたことを思い出した

これは夢なのか、いや夢であってくれ、こんなことはありえない、夢じゃなかったらとんでもないことをしている。早く覚めてくれ、早く早く...。

必死に全身に痛みを与えるが、目は覚めない。

 

自分が犯した罪を理解し、失意のどん底に突き落とされる。

 

外伝:精神が崩れる体験 

 

次の話へ:#29「それでも這い上がる」